発明 Vol.98 2001-4
知的所有権判例ニュース
印刷用書体の著作物性を否定した事例
水谷直樹
1.事件の概要
 原告(株)写研は,印刷用書体「ゴナU」,「ゴナM」を,自社商品として有していたところ,被告(株)モリサワは,同様に印刷用書体として「新ゴシック体V」,「新ゴシック体L」を有しておりました。
 原告は,被告の上記印刷用書体は,自己の印刷用書体である「ゴナU」,「ゴナM」の無断複製物であると主張して,著作権侵害に基づく販売の差止め,損害賠償等を請求して,平成5年に大阪地方裁判所に訴訟を提起いたしました。
 原告の請求は,平成9年に同地裁で棄却されたため,原告は大阪高等裁判所に控訴いたしましたが,ここでも平成10年に控訴が棄却され,そこで,更に最高裁判所に上告いたしました。
 
2.争点
 最高裁判所での争点は,原告の印刷用書体が著作物に該当するのか否かとの点でした。

3.裁判所の判断
 最高裁判所は,平成12年9月7日に判決を下しましたが,上記争点について,
「一 著作権法二条一項一号は,『思想又は感情を創作的に表現したものであって,文芸,学術,美術又は音楽の範囲に属するもの』を著作物と定めるところ,印刷用書体がここにいう著作物に該当するというためには,それが従来の印刷用書体に比して顕著な特徴を有するといった独創性を備えることが必要であり,かつ,それ自体が美術鑑賞の対象となり得る美的特性を備えていなければならないと解するのが相当である。この点につき,印刷用書体について右の独創性を緩和し,又は実用的機能の観点から見た美しさがあれば足りるとすると,この印刷用書体を用いた小説,論文等の印刷物を出版するためには印刷用書体の著作者の氏名の表示及び著作権者の許諾が必要となり,これを複製する際にも著作権者の許諾が必要となり,既存の印刷用書体に依拠して類似の印刷用書体を制作し又はこれを改良することができなくなるなどのおそれがあり(著作権法一九条ないし二一条,二七条),著作物の公正な利用に留意しつつ,著作者の権利の保護を図り,もって文化の発展に寄与しようとする著作権法の目的に反することになる。また,印刷用書体は,文字の有する情報伝達機能を発揮する必要があるために,必然的にその形態には一定の制約を受けるものであるところ,これが一般的に著作物として保護されるものとすると,著作権の成立に審査及び登録を要せず,著作権の対外的な表示も要求しない我が国の著作権制度の下においては,わずかな差異を有する無数の印刷用書体について著作権が成立することとなり,権利関係が複雑となり,混乱を招くことが予想される。
 二 これを本件について見ると,原審の確定したところによれば,第一審判決別紙目録(三)の書体を含む一組の書体(ゴナU)及び同目録(四)の書体を含む一組の書体(ゴナM。以下,ゴナUと併せて『上告人書体』という。)は,従来から印刷用の書体として用いられていた種々のゴシック体を基礎とし,それを発展させたものであって,『従来のゴシック体にはない斬新でグラフィカルな感覚のデザインとする』とはいうものの,『文字本来の機能である美しさ,読みやすさを持ち,奇をてらわない素直な書体とする』という構想の下に制作され,従来からあるゴシック体のデザインから大きく外れるものではない,というのである。右事情の下においては,上告人書体が,前記の独創性及び美的特性を備えているということはできず,これが著作権法二条一項一号所定の著作物に当たるということはできない。また,このように独創性及び美的特性を備えていない上告人書体が,文学的及び美術的著作物の保護に関するベルヌ条約上保護されるべき『応用美術の著作物』であるということもできない。」
 と判示して,原告の上告を棄却いたしました。

4.検討
 本事件では,印刷用書体の著作物性が争われましたが,最高裁判所は,印刷用書体が著作物であることを,上記引用のとおりの理由で否定いたしました。印刷用書体の著作物性については,これまでも争いがありましたが,上記判決は,従来からの多数的見解に従ったものであり,また,文字が本来有している社会的機能との間のバランスの維持という観点からも,内容として相当であると考えられます。
 本判決が下されたことにより,印刷用書体について著作権法上の保護を求めることは困難ということで決着したものと思われます。
 それでは,著作権法以外の法律での保護の可能性はないのかということになりますが,この点についてはタイプフェイスを不正競争防止法所定の周知な商品表示であるとして保護した東京高裁平5.12.24決定が存在しております。
 もっとも,同決定は,印刷用書体全般についての保護を認めたものではなく,これが周知な商品表示に該当する場合について,その保護を認めたというものであり,印刷用書体に対する法的保護の枠組みとして一般化することは困難と思われます。
 そうであるとすると,印刷用書体の保護は,当面は,印刷用書体の供給者側からの契約を通じたコントロールにより,保護の徹底を図ることに尽きることになるようにも思われます。
 もっとも,この場合には,契約関係にない第三者に対するコントロールは困難ということになると思われますので,契約によるコントロールを通じた保護には限界があることについても認めざるを得ないものと考えられます。


みずたに なおき 1973年,東京工業大学工学部卒業,1975年,早稲田大学法学部卒業後, 1976年,司法試験合格。1979年,弁護士登録後,現在に至る(弁護士・弁理士)。知的財産権法分野の訴訟,交渉,契約等を数多く手がけてきている。