知的所有権判例ニュース |
職務発明の成立について具体的に判断した事例 |
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[名古屋地方裁判所平成8年9月2日付判決] |
水谷直樹 |
1.事件の内容 |
原告大井建興(株)は建設業,建築設計を主たる業務とし,被告(株)総合駐車場コンサルタントは駐車場の設計管理,計画調査等を主たる業務としておりました。
被告は,昭和52年に傾床型自走式立体駐車場について特許出願を行い,同出願は昭和58年に特許登録されました。 なお,被告は,当初は原告の100%出資の会社でしたが,被告の上記特許出願後に増資を行い,その結果原告が50%,被告代表取締役堀田氏が50%へと出資割合が変更されました。 また,被告代表取締役の堀田氏は,昭和43年4月から同46年3月まで原告に勤務し,昭和46年3月ないし49年3月まで日本パーキング建設(株)に勤務し(取締役),その後の昭和49年3月から53年6月までは再度原告に勤務する一方で,昭和51年4月以後は被告代表取締役に就いておりました。 その後,細かい事情は判決文からは明らかではありませんが,原告は,被告に対して,昭和57年,原告において上記特許権につき,特許法35条(職務発明)に基づく通常実施権を有することの確認を求めて,名古屋地方裁判所に訴訟を提起いたしました(同訴訟には,日本パーキング建設(株)が参加人として参加しております)。 同訴訟に対しては,平成4年に判決が言い渡され,これについて名古屋高等裁判所に控訴がなされましたが,同高等裁判所は,原審判決を破棄して,これを名古屋地方裁判所に差し戻したため,再度名古屋地方裁判所で審理されることとなりました。 |
2.争 点 |
上記差戻し後の名古屋地方裁判所での主要な争点は,
《1》上記特許にかかる発明の完成時期はいつか。 《2》上記発明は,堀田氏が勤務したいずれの企業との関係で,職務上なした発明と言えるのか。 |
3.裁判所の判断 |
名古屋地方裁判所は,平成8年9月2日に判決を言い渡し,上記《1》の争点について,
「発明が完成されたというためには,その創作された技術内容が,その技術分野における通常の知識・経験をもつ者であれば何人でもこれを反復実施してその目的とする技術効果を上げることができる程度にまで具体化され,客観化されたものでなければならず,その技術内容がこの程度に構成されていないものは,発明として未完成であるというべきである(最判昭和44年1月28日・民集23巻1号54頁)。 これを本件についてみるに,・・・堀田は,参加人を退職し,昭和49年4月に原告に再び雇用された後,堀田にとって初めての傾床型自走式駐車場である青山パーキングビルを第一発明を利用して施行し,それを更に改良し一部にねじれ曲面を含む構造とした第二発明に基づく新岐阜駅前駐車場の設計,施行に携わった後に,その設計,施行経験を基にして,新潟丸大百貨店の駐車場の設計に際し,種々の案を検討した末に本件発明と同様の技術思想に至り,これに基づく実施設計図を作成したものというべきであるから,本件発明が完成したのは,右実施設計図が完成した昭和52年6月ころであるというべきである。」 と判示し,更に《2》の争点についても, 「従業者がした発明が職務発明に当たるためには,当該発明をするに至った行為が,当該従業者の現在又は過去の職務に属することが必要であるが,前記認定の事実によれば,堀田は,参加人在職中に,既存のアメリカの技術を基にして,雨漏りの欠点を改善することや日本の実状に合わせて敷地面積当たりの駐車効率を上げる必要があることを認識し,そのために創意工夫をしたものの,未だその発明を完成するには至らず,その後,原告の業務である新潟丸大百貨店の駐車場の設計業務を遂行する過程で,その責任者として本件発明を完成したものであるから,堀田が原告在職中に本件発明をするに至った行為は,使用者である原告における堀田の現在の職務に属するものに当たるというべきである。」 と判示して,原告の請求を認容いたしました。 |
4.検 討 |
従業員が複数の企業間の転職を繰り返し,その間同一の技術開発業務に従事してきた場合に,その従業員が職務上発明を完成させ,これについて取得された特許権につき,いずれの企業が特許法35条(職務発明)に基づく通常実施権を取得するのかが問題になります。
この点につき,本判決は,発明の完成時に従業員が在職していた企業が通常実施権を取得する旨判示しております。 すなわち,本判決は,特許法35条が規定する職務発明の成立要件の一つである「従業者等の現在又は過去の職務に属する発明」とは,従業員の転職前の企業での職務までは含まず,現在勤務している企業においての現在または過去の職務を指するものと判示して,従来からの通説的立場を確認しております。 もっとも,転職前に8割程度までできあがり,転職後の企業で最終的に完成した発明のような場合にも,上記の基準どおりでよいのかが問題になりますが,この場合には,転職前と後の企業の共同発明との構成をすることが必要となる場合があるようにも考えられます。 また,この点と共に,実務上重要なことは,この点よりもむしろ,どの時点で発明が完成したと認定することが相当であるのかという点であります。 この点については,一律の線を引くことは困難であり,ケース・バイ・ケースで判断していくしかないものと考えられますが,その一般的基準については,上記で引用されている最高裁判決のとおりであると考えられます。 |