知的所有権判例ニュース |
従業員が,会社に,職務発明について特許を受ける 権利を譲渡した場合の,相当な対価についての計算 方法を示した大阪地裁判決(平成6年4月28日,大阪 地判平三(ワ)5974号,判時1542号115頁) |
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名越秀夫/生田哲郎 |
1.事案の内容 | ||||||||||||
被告は,魔法瓶の製造メーカーであり,原告は,その従業員であった者です。本件は,原告が被告に対し,主位的に,その在職中にした発明は職務発明ではなく,被告がその発明を使用した行為は不当なものであるとして,その譲渡の対価相当額として1億5000万円の損害賠償の支払いを求め,予備的に,その発明が職務発明であったとすれば,その譲渡の対価相当額は1億5000万円であるとして,その支払いを求めたものです。
原告は,昭和46年1月16日,被告会社に入社し,昭和47年5月22日生産本部付き次長に,昭和48年5月21日商品試験所所長に就任し,昭和58年2月21日に調査役となり,同年9月15日退職しました。原告は,この商品試験所所長の在職当時,他の被告会社の職員とともに,以下の発明(以下「本件発明」といいます)を行い,被告がそれを自らを出願人として出願しました。
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2.争点 |
本件では,本件発明が職務発明に該当するかどうかという点と,特許を受ける権利の対価相当額はいくらかという点等が争われました。そのうち後者の点について,原告は,以下のような主張を行いました。
(1)特許法第35条3項所定の額を定めるにあたり考慮しなければならない「使用者が受けるべき利益」とは,発明の実施を排他的に独占し得る地位を取得することにより受けることになると見込まれる利益をいう。 (2)昭和58年から61年までの被告のステンレス鋼製魔法瓶の販売にかかる売上高は,1500億円と推定される。 (3)「国有特許実施契約書」の実施料算定計算方法によれば,実施料率は,「基準率×利用率×増減率×開拓率」の算式で算定される。本件では,被告は,本件特許によってステンレス鋼製魔法瓶の市場を独占できたと考えられ,増減率,開拓率は,100%と考えられる。他方,基準率は控えめにみて2%,利用率は,寄与度から考えて,25%と考えられ,これを計算すると,1億5000万円となる。 |
3.裁判所の判断 |
(1)職務発明の認定
本件発明の分野の開発が全社的課題となっており,商品試験所の業務も自社および他社製品の性能の比較のみに限られていたのではないこと,原告の研究は被告の設備,資金,技術等を利用して勤務時間中に行われたこと,原告の他の発明は職務発明として扱われていたこと等から,本件発明も職務発明と認定されました。 (2)本件発明の特許を受ける権利の対価相当額については,以下のような判断がなされました。 《1》売上高の認定 被告のステンレス鋼製魔法瓶の標準小売価格は,3000円から9000円の間である。被告の販売価格については,それを明らかにし得る証拠はないが,原被告とも2000円を前提として主張を行っているので,これを前提とする。他方,昭和58年から61年までの被告のステンレス鋼製魔法瓶の販売数は480万本と認定されるので,被告の販売にかかる売上高は,96億円と推定される。 《2》実施料相当額の認定 前記売上高を達成するにあたって,被告の業界における強力な販売力,ステンレス鋼製魔法瓶に関して技術的性質の外にデザインや宣伝広告が重要であることなどを考えると,被告が同業他社に対して同発明を禁止することができたことに起因する部分,すなわち本件発明の譲渡によって得られた部分は,96億円の3分の1である32億円と認定される。他方,「実施料率」(発明協会刊)によれば,ステンレス鋼製魔法瓶の属する金属製品の実施料の最頻値・中央値とも3%,平均値は4.64%である。また魔法瓶のような製品には多数の権利が採用されていることを考えると,実施料率は2%と認められる。従って,本件発明の実施料相当額は,32億円の2%である6400万円となる。またこの発明の発明者は2名なので,原告分はその半分の3200万円となる。 《3》対価相当額の認定 本件「発明当時原告は商品試験所所長の地位にあり,同発明は原告の職務の遂行そのものの過程で得られたものであること,同発明は,被告従業員の協力を得た上,創業以来被告の社内に蓄積されてきたガラス製マホービンの製造に関しての幾多の発明考案や経験及びノウハウ等を利用して成立したいわゆる工場発明の色彩が濃厚であり,原告としては,被告の設備及びスタッフを最大限活用して発明を完成したものであること,その他本件に現れた一切の諸事情を総合考慮すると,同発明について被告が貢献した程度を考慮すれば,右(二)認定の被告が受けるべき利益の2分の1(二名の共同発明)の3,200万円の20%に相当する640万円をもって同発明につき特許を受ける権利の譲渡に対する相当な対価と認めるのが相当である。」 |
4.検討 |
本件は,職務発明の対価を受ける権利の具体的算定基準について判断した数少ない判例です。この具体的算定基準を示した初めての判例としては,昭和58年9月28日の東京地裁昭56(ワ)7986号があり,ライセンス料を基準に発明者の寄与度を考慮して判断がなされました。他方,会社自らが実施していたケースとしては,昭和58年12月23日の東京地裁昭54(ワ)11717号があります。また,補償金を規定した発明規定を有効とした判例(昭和59年4月26日の大阪地裁昭58(ワ)5209号)もあります。発明規定の制定は当然のことにしても,特許法第35条3項が従業員である発明者の弱い立場を保護するための強行規定であること,研究者に対するインセンティブがますます重要となってきていることを考えると,あまりにも低額な発明補償規定は再考の必要があるというべきでしよう。
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