発明 Vol.91 1994-10
知的所有権判例ニュース
商標の先使用権の成立が争点となった事件
水谷 直樹
1.事件の内容
 DCブランドメーカーの(株)ニコルは,昭和54年3月ごろ,新しいブランドとして「ゼルダ」を採用することを決定し,同年11月から翌55年8月4日までの間に,合計4回の同ブランドを使用した服飾品の商品展示会,一般消費者に対するDMの発送,少なくとも7回の同ブランドの各種ファッション雑誌への掲載等を行い,同時に,同期間に同ブランド製品の売り上げ合計2億円を達成いたしました。
 ところが,昭和55年8月4日に,(株)ブローニュは,指定商品を第17類(旧分類)の被服,布製身回品,寝具類とする「ゼルダ」の商標登録出願を特許等に行い,同出願は,昭和63年1月26日に商標権設定の登録を得ました。
 (株)ニコルは,上記期間中も,「ゼルダ」ブランドの服装品を継続して販売していたところ,(株)ブローニュは,「ゼルダ」につき商標登録を得た後,(株)ニコルに対して,同ブランドの使用を中止すること等を請求する警告書を送付しました。
 また,同じころに「ゼルダ」の商標登録の名義人が,(株)ブローニュから,日本地建(株)を経て,(株)ダイヤインターナショナルに移転しました。
 そこで,(株)ニコルは,(株)ダイヤインターナショナルを相手方として,登録商標「ゼルダ」の商標権に基づき,(株)ニコルに対して「ゼルダ」ブランドの使用の差止請求権が存在しないことの確認を求めて,平成元年に,東京地方裁判所に訴訟を提起しました。
 
2.争点
 本件での争点は,以下の3点と考えられます。
《1》
(株)ニコルの使用していた「ゼルダ」ブランドは,本件登録商標と同一もしくは類似といえるか。
《2》
(株)ニコルは,商標法第32条1項の先使用権を主張するための周知性の要件を具備しているか。
《3》
(株)ニコルは,警告書受領後に「ゼルダ」の使用を中止し,訴訟での結論を得た後に使用を再開の予定でいるが,この場合にも,同条の継続使用の要件を充たしているか。

3.裁判所の判断
 東京地方裁判所は,平成3年12月20日に判決を言い渡し,上記《1》の争点については判断をせず,上記《2》の争点について「原告は,株式会社ブローニュの本件登録商標に係る商標登録出願の日である昭和55年8月4日前から,日本国内において,不正競争の目的でなく,右商標登録出願の指定商品の範囲に属する被服,布製身回品及び寝具類について原告標章の使用をしていた結果,右商標登録出願の際,現に,原告標章が原告の業務に係る商品を表示するものとして需要者の間に広く認識されているものと認めることができる。」
 と判断し,さらに上記《3》の争点については,
 「原告は,本件登録商標に係る商標登録出願の日である昭和55年8月4日から平成元年2月までの間,『ゼルダ』ブランドの被服,布製身回品及び寝具類に原告標章の使用をしてきたが,同月以降は,ブランド名を『MARIKO KOHGA』に変更して,原告標章の使用を中止しているものであるところ,原告が原告標章の使用を中止したのは,自らの発意によるのではなく,株式会社ブローニュらから,原告が被服,布製身回品及び寝具類に原告標章を使用する行為は本件商標権の侵害になるとして,原告標章の使用を中止するよう警告を受けたため,原告標章の使用を継続することによって,被告らから百貨店その他の取引先等に対して原告標章の使用を中止するよう警告がされるなどして,取引先等に迷惑がかかることを懸念したことによるものであり,原告は,本件紛争が解決したときには,被服,布製身回品及び寝具類に原告標章を使用する意思を有しているのである。そうすると,原告は,右のような相当な理由に基づき,かつ,その限度において,原告標章の使用を一時中止しているにすぎないものというべきであって,このような場合は,商標法32条1項の規定にいう『継続してその商品についてその商標の使用をする場合』に該当するものと解するのが相当である。」
 と判断して,結論として(株)ニコルの先使用権の主張を認めて,(株)ニコルの請求を認容しました。
 そこで,ダイヤインターナショナルは,東京高等裁判所に控訴しましたが,同裁判所も控訴を棄却し,判決文中で,上記《2》の争点について,さらに,
 「商標法32条1項所定の先使用権の制度の趣旨は,識別性を備えるに至った商標の先使用者による使用状態の保護という点にあり,しかも,その適用は,使用に係る商標が登録商標出願前に使用していたと同一の構成であり,かつこれが使用される商品も同一である場合に限られるのに対し,登録商標権者又は専用使用権者の指定商品全般についての独占的使用権は右の限度で制限されるにすぎない。そして,両商標の併存状態を認めることにより,登録商標権者,その専用使用権者の受ける不利益とこれを認めないことによる先使用者の不利益を対比すれば,後者の場合にあっては,先使用者は全く商標を使用することを得ないのであるから,後者の不利益が前者に比し大きいものと推認される。かような事実に鑑みれば,同項所定の周知性,すなわち『需要者間に広く認識され』との要件は,同一文言により登録障害事由として規定されている同法4条1項10号と同一に解釈する必要はなく,その要件は右の登録障害事由に比し緩やかに解し,取引の実情に応じ,具体的に判断するのが相当というべきである。」
 と判断しました。

4.検討
 本件では,(株)ニコルにおける先使用権の成立の有無が争点となりましたが,この点について判決は,まず,先使用権成立の要件の1つである使用による周知性の程度については,商標法4条1項10号の登録拒絶事由の場合とは異なることを判示し,また,商標の継続使用の要件についても,正当な理由に基づく一時的な使用の中止は,同要件の具備を否定するものではないと判示しました。
 いずれの点も,先例として重要な判断内容であると考えられます。


みずたに なおき 1973年,東京工業大学工学部卒業,1975年,早稲田大学法学部卒業後,1976年,司法試験合格。1979年,弁護士登録後,現在に至る(弁護士・弁理士)。知的財産権法分野の訴訟,交渉,契約等を数多く手がけてきている。