発明 Vol.90 1993-2
知的所有権判例ニュース
プログラムのファイルの著作物性が争われた事件
<ICM v.メッツ事件>
1 事件の内容
 最近では、パソコンユーザーの間に、ハードディスクドライブが広く普及してきております。本事件のICM社も、このハードディスクドライブの製造、販売では実績のある会社です。
 本事件は、ICM社のハードディスクドライブ用のユーティリティソフト「EOシステム」中のIBFファイルの著作権侵害が問題となった事件です。
 ICM社の主張によれば、同社は、このIBFファイルの著作権者(共有)であるところ、相手方のメッツ社が、このIBFファイルを無断で複製して、HCAファイルの名のもとに製造、販売しているとのことです。
 そこで、ICM社はメッツ社を相手方として、このHCAファイルの製造、販売の中止を求めて、東京地方裁判所に仮処分申請を起こしました。
 
2 争点
 この事件は、東京地方裁判所とその上級審の東京高等裁判所で争われました。まず、IBFファイルについて説明しますと、このIBFファイルは、前述のとおり「EOシステム」の一部を構成しておりますが、この「EOシステム」中には、このほかにMENU・EXEファイル等があります。
 このMENU・EXEファイルは、「EOシステム」の中枢部分を受け持っており、アプリケーションプログラムをハードディスク中に組み込む際の一般的な指令を記述しております。
 これに対して、IBFファイルは、個々のアプリケーションプログラムをハードディスク中に組み込むにあたっての指示や情報をMENU・EXEファイルに提供する役割を果たしております。
 このような役割を果たすIBFファイルについて争点となったのは、
 《1》  IBFファイルは、 コンピュータプログラムと言えるのか、単なるデータ群であるにすぎないのかとの点、
 《2》  仮にIBFファイルが、コンピュータプログラムであるとしても、IBFファイルは著作権法が保護の要件とする創作性を具えているといえるのか、
 の2点です。
 このうち《1》の点について補足しますと、著作権法は、コンピュータプログラムを「電子計算機を機能させて一の結果を得ることができるようにこれに対する指令を組み合わせたものとして表現したものをいう」と定義しております。
 このため、データそのものは、コンピュータプログラムの定義からは外れてしまい、コンピュータプログラムとして保護を受けることが困難になるため、この点が争点となりました。

3 判断
 (1) 東京地方裁判所の判断
 これらの点について東京地方裁判所は平成3年2月27日付決定中で、IBFファイルがコンピュータプログラムであるのか否かについては明言せず、仮にこれがコンピュータプログラムであるとしても、創作性を具えていないから、著作権法による保護は受けられないと判断しました。
 なお、ここでいうところの創作性とは、著作物には、その作成者の感情や個性が反映されていなければならないことを意味するもので、だれが作成しても同じ内容のものについては、創作性は否定され、著作権法による保護を受けることができないこととなります。
 この点について、裁判所は、IBFファイルそのものは、一種の書式にすぎないものであり、また、IBFファイルの個々の表現の内容も、前述のMENU・EXEファイルによって決まってしまい、基本的には表現の選択の余地がなく、また、表現の選択の余地のある部分についても、その選択の幅は非常に狭いと認定しました。
 裁判所は、このような認定を前提にしたうえで、IBFファイルの創作性を否定し、ICM社には保護されるべき著作権は存在しないとして、その申請を却下しました。

 (2) 東京高等裁判所の判断
 そこで、これを不服としてICM社は東京高等裁判所に抗告をしました。
 これに対して、東京高等裁判所は、平成4年3月31日付判決中で、以下のとおり判断しました。
 すなわち、IBFファイルは、「EOシステム」が各アプリケーションソフトをハードディスクに組み込むにあたり、MENU・EXEプログラムに組み込まれる組込み情報(アプリケーションソフトの名称、デバイスドライバ情報等)を記載したものにすぎず、また、IBFファイルは、MENU・EXEファイルに組み込まれればその役割を終え、機械語に変換されるものでもないから、電子計算機に対する指令の組み合わせとは言えないと判断しました。
 以上の理由から、東京高等裁判所は、IBFファイルは、著作権法が定義するコンピュータプログラムに該当しないとして、ICM社の抗告を却下しました。
 前記のとおり、東京地裁は前記《2》の争点で判断をし、東京高裁は前記《1》の争点で判断をしましたが、いずれも結論は同じでありました。

4 検討
 コンピュータプログラムの保護については、昭和60年に著作権法が改正されて以来、著作権法での保護が定着してまいりました(最近では、さらに特許法による保護が議論されております)。
 ところが、この著作権法が保護するとするコンピュータプログラムの具体的内容については、必ずしも明確になっているとは言い難い点があります。
 かつては、オペレーションズシステム(OS)について、これが著作権法が定義するコンピュータプログラムに該当するか否かが争われたことがあります。
 また、MPU中のマイクロコードについても、この点が同様に争われました。そして、本件事件では、ユーティリティソフト中のIBFファイルについて、同様に争われたことになります。
 もっとも、前記のマイクロコードが争われた際には、前記《2》の争点、すなわちマイクロコードは、マイクロコードやハードウエアの具体的構成により、表現の範囲の選択の余地が狭く、創作性を欠くのではないかとの点が主に争点となりました。
 ところが、本件では、この創作性以前の問題として、そもそもIBFファイルは単なるデータにすぎず、創作性の有無を検討するまでもなく、コンピュータプログラムとは言えないのではないかとの点が争われました。
 本件事件の結論としましては、前述の事実認定を前提とする限りは、相当な結論とも考えられます。
 もっとも、IBFファイル自体を、別途のデータの集合物そのものとして、コンピュータプログラムとは別途に保護できないのかとの点が問題になりますが、この点はこの事件では争点となりませんでしたので、今後の検討課題と思われます。
 いずれにしましても、この種の問題は今後も次々と生じてくると思われます。一例を挙げれば、最近プログラム自動作成の道具としてのCASEツールが脚光を浴びてきておりますが、このCASEツールを使用して作成されたコンピュータプログラムが、前記の著作権法が定義しているコンピュータプログラムにあたるのか否かが問題となります。
 これは、CASEツールに一定の条件さえ与えれば、だれが行っても同じ内容のプログラムが作成されるとすれば、そこには何らの創作性も認められないのではないかとの問題が生じてくるためです。
 いずれにしましても、ソフトウエア技術の進歩に従い、今後も次々と解決を迫られる問題が生じてくると思われ、さらなる検討が必要と考えられます。


(みずたに なおき/弁護士・弁理士)